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いざ帰らん、下野へ! ~ 彦根・関ヶ原経由 ~

2009/10/31(土)
 徹夜で引越し荷物をまとめ、9時に業者が来て、10時半には全て
片付いた。2年弱お世話になったアパートを後にして私は数日前に
計画を立てていた 「彦根~関ヶ原」 経由での帰任を実行に移した
天気も快晴、絶好のドライブ日和だ!)。

 亀山インターから最初に目指したのは「彦根城」。彦根城博物館を
じっくり観たが為に時間が無くなり、混んでいた事もあり 天守閣に
登れず (う~む、非常に残念!)。

彦根城  彦根城2

 琵琶湖(初めてアマゾン川を見た時と同様の感動あり。兎に角、でかい!
湖畔で暫く休んだ後、長浜城 ~ 秀吉と三成像(長浜駅前)を見学。

琵琶湖  長浜城  

長浜城2  秀吉と三成像

 次いで、長浜市石田町の石田三成出生地に向かった。ここでは
「石田冶部少輔出生地」の石碑と石田三成像、及び隣の「石田会館」
を見学。明日(11/1)、公供養祭が行われるとの事で町の人々で野外
会場の準備が進められていた(予報では明日は雨だったが大丈夫かしら)。
こちらも、「天地人」の影響か、例年に比べ今年は来場者が多かった
との事で、結構な事である(石田三成は私も好きな智将の一人である)。

石田三成出生地  石田三成像

吉川英治碑

会館受付の女性に行き方を教わり、最後の目的地「関ヶ原古戦場」
へと向かった。「徳川家康最後陣跡(床几場)」と「関ヶ原町歴史民俗
資料館
」を見学。古戦場にたたずみ、合戦当時の事(三成の無念さ)に
思いを馳せる時、人力では如何ともし難い「運命(天命)」というもの
を感ぜずにはいられない。

関ヶ原  関ヶ原2

関ヶ原町歴史民族資料館

来月からの栃木勤務、果たして私にとってと出るか、と出るか!?
17時半 関ヶ原インター ~ 中央道で帰途についた(翌午前1時 自宅着)。
ここに 【第2部 魅惑の近畿編】を終了し、来月より【第3部 Change!
Yes we can. 下野(しもつけ)編】へと突入する。

【To be continued.】
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『歳月』 ゆかりの地を訪ねて

2009/10/17(土)
 10/12 の 『四国 日帰りの旅』 の成功に気を良くした私は今度は
九州 日帰りの旅』 に挑戦すべく、午前0時にアパートを出発し
高速をぶっ飛ばした。しかし、流石に徹夜の走行は睡魔に襲われ、
広島(沼田PA)で4:30~5:20まで仮眠を取った。その後、壇ノ浦PA
で一休みし、目的地 佐賀県には 9時20分に到着した。

壇ノ浦

 最初に向かったのは、「神野公園」。ここに、江藤新平の像が有る
事はネットで調べて知っていた。新平像をまじまじと見上げ、とうとう
佐賀までやって来たと感慨に浸った。前回に引き続き こちらも司馬
遼太郎氏の 『歳月』 を読み(1991年:長男が生まれる前年)、「いつか
佐賀へ行きたい!」 と夢見ていた訳だが、それが やっと叶った。

神野公園  江藤新平像

 次に佐賀城跡に建てられた「佐賀城本丸歴史館」を見学した。
駆け足で観て廻る予定であったが、佐賀城本丸御殿の復元資料や
佐賀の偉人紹介(佐賀七賢人)のコーナーが面白く、佐賀藩の紹介
ビデオなども鑑賞し、あっという間に2時間が過ぎてしまった。

佐賀城本丸歴史館  大隈重信の墓

ここは「入館無料(満足度に応じた寄付可)」で、英国の美術館の様だと
感心させられた。その後 歴史館の外周・鯱の門、天守台、続いて
大隈重信の墓(龍泰寺)、江藤新平の墓本行寺) ~ 築地反射炉跡
~ 山本常朝の墓(龍雲寺)を見学。『葉隠』 の祖述者として全国的に
有名な山本常朝の墓が、全く手入れされていなかったのには正直
驚かされた(立て看板の文字も読めぬ状態)。

江藤新平の墓  江藤新平の墓2

築地反射炉跡  山本常朝の墓

翔という肥前うどん屋で、山かけうどん(五百円)を食す。美味なり!
江藤新平の生誕地を人に聞きながら探し、のこぎり型家並の道を
歩き、産業振興センター ~ 徴古館 ~ 佐嘉神社 ~ 大隈重信の
旧宅/記念館
を見学。

江藤新平誕生地  大隈重信像

 佐賀城本丸歴史館の駐車場に車を置いて、佐賀市内を歩き回
って気付いた事は、道路脇に小さなお地蔵さん・恵比寿さんを良く
見かけた事と、街の人々が見知らぬ者(旅人)にも気軽に挨拶され
る事で、私は大変感銘を受けた。

 駐車場には15時30分に戻り、片道770kmの帰途に着いた。
帰路は疲労から来る睡魔との戦いで、高速道路を1時間ぶっ飛ば
しては、パーキングで30分休むといった調子で無茶苦茶ハードな
ものとなった(翌午前1時アパート着)。

しかし、今回の旅も長年の夢が叶い、生涯忘れえぬ旅となった。
地球滅亡まで 栃木帰任まで ・・・ 後14日!

【To be continued.】
 
 

『竜馬がゆく』、 『坂の上の雲』 ゆかりの地を訪ねて

2009/10/12(月)
 今日は 「体育の日」 でお休み。 『四国 日帰りの旅』 を実行すべく
午前3時にアパートを出発し、高速をぶっ飛ばした。途中、淡路島の
パーキングで一休みし、徳島道~高知道を通って桂浜に着いたのは
午前8時30分。観光客に混じって龍馬像のある桂浜の浜辺を散歩し、
9時から「坂本龍馬記念館」を見学した。

龍馬像  桂浜

 続いて、地図で「武市半平太旧宅および墓」を見つけ、直行した。
訪れる人が少ないのであろうか、駐車場も整備されておらず、看板に
国史跡の記載有るも近くの瑞山神社やお墓の手入れもされておらず
少々ガッカリした次第(地元では武市瑞山の人気は今一なのかしら?)。
来年はNHK大河ドラマ『龍馬伝』が始まり、ここにも多くの観光客が
集まると思うのだが・・・。

武市半平太宅跡  武市旧宅跡

瑞山神社  瑞山神社2

 気を取り直し、次は 「はりまや橋」 を一見後 「高知城」 へ向かった。
高知城は山内一豊により築城(1601年~1603年)された美しい平山城で
その天守閣より高知市内の美観を堪能した。

板垣退助像  高知城

高知城2  山内一豊像

 最後に、「龍馬の生まれたまち記念館」 と 「龍馬生誕地(記念碑の
揮毫は吉田茂
)」 を駆け足で見学し、南国土佐を後にした。
次の目的地 松山へ向かう途中、高知道のパーキングでアイスクリンなるシャー
ベットを食す。美味なり!


坂本竜馬生誕の地

 愛媛県松山市に到着したのは14時を少し廻った頃で、早速 「松山城
へと向かった。麓の駐車場から かなり山道を登り(東側にはロープウェイも
あったが、私は西側:黒門口登城道から徒歩で登った。
)、辿り着いた天守閣は
流石に築城に25年掛けただけあって、それは美しいものであった。
本丸の広場は多くの観光客で賑わっており、坊ちゃん・マドンナに扮した
若者たち(学生アルバイトと思われる)と記念撮影されてる人も多かった。

松山城  松山城2

松山城3

 次は、いよいよ今回の旅のハイライト「秋山兄弟生誕地」。思い起こせば
ブラジル勤務時代に司馬遼太郎氏の 『坂の上の雲』 を夢中に読んでいた
頃(次男が生まれた1994年)よりの 「いつかは松山へ行きたい!」 という夢が、
本日ようやく叶った。秋山好古・真之兄弟の紹介ビデオを見た後も、私は
一人感慨に耽り その場を離れる事が出来なかった(正に至福の時であった)。

秋山兄弟生家

秋山好古像  秋山真之像

 気が付くと16時を回っており、これから行きたい施設の閉館時間が迫って
おり、「どうしましょう?」 とスタッフの方に相談した。路面電車に乗り最初に
子規堂」 を観て、その後 「坂の上の雲ミュージアム」 ~ 「萬翠荘」 ~
愚陀佛庵」 のベスト・アドバイスを頂き、その通りに効率良く見学する事が
出来た(感謝!)。

子規堂.  松山路面電車

坂の上の雲ミュージアム

萬翠荘  愚陀佛庵

 最後の目的地 「道後温泉本館」 に着いた18時頃には当たりは既に薄暗く
なっていた。料金は4段階あり、折角来たのだからと1時間20分利用出来る
霊の湯3階個室大人1500円)とした。このコースは全ての温泉に入れ(勿論、
男湯のみだが
)、神の湯・霊の湯 両方に入ったが(気のせいかも知らぬが)泉質
が全く異なる様に感じた(霊の湯はチクチク感が無い)。
湯上り後に団子とお茶のサービスもあり、ゆっくり寛ぐ事が出来た。向いの
坊ちゃんの間を見学し、愛媛みかんジュースを土産に購入し19時 帰途に
ついた(翌午前2時アパート着)。

道後温泉本館  道後温泉本館2

今回も天候に恵まれ、多少ハードではあったが大変充実した旅行となった。

【To be continued.】
 
 

この世のものとは思われず

2009/10/11(日)
 今月の始めに、突然「来月 栃木転勤」の話が持ち上がり、我が部は
約2年振りに栃木県へ戻る事が決定した。これで、楽しかった ・・・ 元い
辛かった単身赴任生活に終止符を打ち、家族の元へ戻る事となった。

 決まってしまうと、おかしなもので、遣り残した事がアレコレ思われ
残り一月足らずでは有るが、出来る限り実行しようと計画を立てた。
一昨年の12月(三重県に赴任したての頃)、友人に「名古屋にマウンテン
という喫茶店があり、甘口のユニークなスパゲッティを出す」と聞き、
いつか行こうと思っていた。今日は、そこへ行く事にした!

 今年3月より通っている名古屋のメンズサロン(リンパ・マッサージです。
念の為
)の帰りに、行って来ました喫茶「マウンテン」!

 事前にネットで予習をし(例えばココ)、昼食を抜いて完璧を期した。
18時に到着すると、夕飯時だった為か店内は満席で、学生・家族連れ
で賑わっていた。ラッキーにも10分程で席が空き、私は「甘口いちご
スパ」を注文したが、残念ながら季節限定との事で、お店の方にも
「マウンテン躍進の原動力となったのは、甘口抹茶小倉スパ」と伺い
「で、あるか」と甘口抹茶小倉スパを食す事となった。

 待つ事 約10分、空腹で甘党の私の目の前に出されたモノは、食品
と言うよりは「芸術品」に近く、その美しい色合いに暫し時を忘れた。
多少 気が引けたが、食欲には勝てず、小倉餡と生クリームと麺を
絡めて(その造形美を破壊し)、口に運び その美味しさに感動した。

甘口抹茶小倉スパ

 小倉餡と生クリームと麺の絶妙なハーモニー、この世のものとは
思われず!昔、大学進学で東京に出て、初めて食べた吉野家の
牛丼の美味さに 「この世に斯様に美味いものが有ったのか」 と涙
して以来の衝撃と言って良かろう!長生きは するものである。
余りの美味しさに一気に平らげてしまった。

 尾張名古屋に美味いもの多かりし。手羽先・みそかつ・ひつまぶし・
きしめん、等々。人の好みは色々なれど、私にとっては、「マウンテン」
の「甘口抹茶小倉スパ」に勝るもの無し。店を出て、星空をキッと
見上げ、本能寺の信長の如く 「悔いは無い!」 と呟いた。

【To be continued.】
 

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